表向きは観光で経済を回している向きの強い、
エキゾチックとノスタルジアと、最先端と舶来古物が同居する街、ヨコハマ。
レンガ造りのモダンな建物が添う街路を
ファッション雑誌が扱う軽やかな装いで身を飾った女性らが闊歩し、
テラコッタを敷き詰めた公園の周縁を縁どる常緑な生け垣を背景に
ダッフルバッグを肩にした高校生辺りの群れが笑み崩れつつ行き交い。
季節を先取りしたディスプレイを並べた商業施設の大窓を背にし
電子網端末を手に人待ち顔でロータリー広場を縁どるのは、不規則就労に付く自由人たちか。
人も建物も港湾都市ならではな混在ぶりだが、
ついでに言えば…華やいだ表の顔を深さで引き留めるほどに、暗いわ重いわな“裏社会”も存在し。
海外との交易の窓口たる港があったこと、
しかも国内の流通網との接続もある、ある意味“要衝”であったればという至便さも伴われたがため、
様々な組織や階層、集団から、拠点にせんとの執着をされての結果、過激な衝突もこれまた多く。
海外から流れ込んできた勢力に対抗せんと蜂起したもの、
安寧を守らんがための自警団として立ち上がったものなどなど、
発端も様々なら その後のありようも様々で。
表社会には名も顔も出さぬままの、なればこそ闇も罪も深い組織が幾たりか、
未だに蠢き現存し、良しにつけ悪しきにつけ、街の空気を見張ってござる。
今現在の最有力組織はというと、
歴史はさして古くはないが、それでも何代かの首領が束ねて今の基盤を培った
“ポートマフィア”と呼ばれる集団で。
正式名称ではなく、一応の表看板も立てちゃあいるが、
ただのフロント企業なのはその筋では誰もが知るところ。
代々の頭目がそれぞれに時代に添うた統括を執り、
先代のかなり時代錯誤な強権主義をバッサリと摘み取った現在の首領は、
情報を網羅し先手必勝を信条にする、最適解優先の合理主義者で。
恩讐の組織であることはそのままに、だがだが情を大事にしてもとがめはなく、
そんな真綿のような搦め手で構成員らの結束を固め、
上級の幹部であるほどに恭順を捧げられ、それらを受動的に享受している“出来たお方”であるらしく。
まあ、そういった辺りは原作を読んでねということで。(こらこら)
そんな裏社会の雄の対岸に立ち、表社会を法で取り仕切る為政者の徒が市警であり軍警で。
あまりに混迷を極めた土地と化し、
しかもしかも何故だかこの地に集中して発現しやすい“異能力者”による
理不尽で人外級のあれこれを治めるために必要な武力として誕生した(諸説あり)
昼の世界と夜の世界、その間を取り仕切る薄暮の武装集団が「武装探偵社」である。
軍や警察に頼れない危険な依頼を取り扱う探偵社とされているが、
そもそも居ることが公的に認可されてない“異能者”への対応という
物理でも法的にも非合法な対処を執ることを暗黙の裡に許されており、
それがため、日本国内では数少ない異能開業許可証を保有。
警察や議員・官僚等などの公的な人物との繋がりもあり、彼らへの貸しやコネも多い。
同じような部署というか存在として“内務省異能特務課”という組織もあって、
諸外国の同位組織との連携や、
主には探偵社がやらかした対処への公的な記録上の辻褄合わせを担当。(諸説あり)
職員らは正義への崇高な忠心の下、慢性の寝不足とそれに耐えうる鋼のような精神力を必須とされており。
まあ、そういった辺りも原作を読んでねということで。(こらこらこら)
人が自然には持ちえない“異能”というのが絡んだ、それは物騒な事件も多発する“魔都”ヨコハマだが、
それはあくまでも裏社会のお話。
租界と呼ばれる、一般からは隔離された区域も持つ土地だが、
危険な好奇心から路地裏の深部に入り込まない限りは縁を結ぶこともない、
言ってみれば異世界の話だと思えばいいだろう。
観光にお勧めとされている商業地区や一般の住宅街には何の変哲もない“日常”があふれており、
ちょっと不穏な流行病が世界中に広く蔓延している昨今だが、
それでも何とか、清潔が好きな国民性が功を奏してか、
年末に向けてぐぐんと罹患者も減った日之本で。
油断してではないのだろうが、
それでも長いこと我慢を強いられたのだからというちょっとした反動というものか。
様々な制限が解除され、街にも賑わいが戻って来、人出も増えて久々の“雑踏”が発生していたほどで。
「…のすけちゃん、大丈夫?」
「……ちょっときついかな。」
弱音を吐くのは本意ではないが、
人いきれが満ちた館内の、しかも初売り目当てに押し寄せたのだろ女性客が多いフロアは
様々なコスメやら香水やらの匂いが入り混じり、
自身も結構こたえているし、安否を問う相手の方こそ滅多にないほど顔色が悪い。
虎の異能を持つゆえか、五感が鋭い敦なので、
体調が悪いと余計なものが聞こえすぎて眩暈がすると言っていたし、
鼻も利くので匂いにも敏感。
月のものの日にこういう場に立つと胃が逆流しそうになるとも言っていた。
一応は制御できているらしいのだが、
それでもこれは、常人でも気分が悪くなろうレベルのごった煮状態。
地下鉄や映画館などなどにもずいぶんと馴れて来たし、なんてことない平和な雑踏だからか
それこそ普通の人がそうしているように、雑踏のざわめきなぞ只の環境音として除外してもいるのだろうに。
薄めに流れるBGMと相まって女性らの甲高い話し声が錯綜し、
そこへ様々な年齢層特有の脂粉やトワレの香がぐちゃぐちゃに入り混じって漂っているのだから、
感覚が鋭敏だからこそ山ほど拾えてしまうそれらの暴力に叩きのめされ、
何とかこらえていますという悲壮な顔になっている。
満員電車級の押し合いへし合いもきついのだろうし、
しかも、下手に暖房が効いており、
それでのこと ガソリンのように揮発性を帯びた凶悪な匂いが、噎せ返るような級で充満しているという状態。
これでは体調が悪くなっても致し方がないというもので。
「どこかで休もう。」
此処の近所に太宰さんから穴場を聞いてあるの、今日みたいな人出がある日でも大丈夫と、
自身も真っ青な顔のまま、それでも健気に連れの姉人を支えんとするところが
“…かわいいなぁ。”
愛しくはあるがしっかり者の弟の銀にも ついぞ思ったことがない種の感情を覚え、
執念はあったれどこういう一途さはなるほど自分にはなかったなぁと、
ひょこり飛び出した知将で美麗な師匠の名に、ついついそんなこと思い起こしてしまった禍狗姫だったりする。
◇◇
いきなり大混雑中の催事場にズームインしてしまったが、
付いて来れてますか?それは良かった。(おいおい)
ご承知の通り、日頃、随分と危険な案件に関わっている身のお嬢さんたち。
虎娘ちゃんは十代後半、芥川にしたって二十になったばかりというから学生で通る身、
本来だったら同じような年頃の友人らと共に居て、
他愛ないことへ笑い転げたりときめいたりしていたって誰も文句はなかろう
まだまだ幼いクチの娘さんたちなのだのに。
双方とも、具体的な場は違えど、
それは物騒な世界の底辺へ物心つかぬ幼いころに放り出されて、
辛いこと痛いこと苦しいことに容赦なく虐げられ、
頼る人もないまま うずくまりながら生きてきた身であって。
しかもそれらはその後の立ち位置へのプレリュードででもあったのか、
それぞれに組織の中へ迎えられ、多と他の中の孤独からは解き放たれたが、
仲間や息つく場は与えられたその代わり、
そりゃあ危険な事案をか細い双肩へと任されるという、
生死の境目を駆け抜けねばならない物騒な立場を運んできたから洒落にならない。
死にたくないなら戦うしかない、そんな過酷な立場を踏ん張って掻い潜るうち、
素地があったかどんどんと強くなってく彼女らは、
運命の邂逅ののち、周囲の思惑も絡んでのこと、共闘の相方を組むことも多くなり。
馴れ合いは好かぬと言ってた黒姫さんも、無垢で危なっかしい虎の子の気性にほだされたか、
気が付けば…任務でのつっけんどんを相殺するよに 姉のように構ってくれるお友達に加わっていて。
今ではでは、本当にたまに非番の日が合えば、どこかへ出かけようと声を掛け合ってもいる間柄。
評判の映画を観よう、美味しいスイーツが出てるの知ってる?と、
主には敦嬢の側が頑張って情報をかき集めて来、
では財布はやつがれが持とうとばかり、お姉さんぶってるところが可愛いと
知将で大人…なはずの太宰女史が悶えていることは、
そういう話を振られる唯一の理解者、帽子の幹部嬢しか知らないらしいが。(笑)
とはいえ、何もそこまで“普通”に焦がれて百貨店の催事場に紛れ込んでた彼女らではなく。
直前まではそれぞれなりに任務に関わっていた身であって。
三が日が開けたばかりの目出たい空気の中にもかかわらず、
黒衣を得物に、身の程知らずな密輸組織の殲滅にと
上位異能者の手ごわい警護を数人ほどぶった切って来た黒姫と、
上場に参画したばかりの実業家が受けていた卑怯奇怪な脅迫を相手に、
頭脳戦を繰り広げていた知恵者班の指示の下、実地での警護と格闘を担当していた虎姫ちゃんで。
こちらもこちらで、機密データの詰まったUSBを争奪するというすったもんだに振り回されて、
カモフラージュだったお出掛け風の装いをずたぼろにしつつの奮闘をこなしたばかり。
身ぎれいに取り繕い、上の方への報告も済んで、ではお疲れ様と解散し、
何とはなくふらふらと初春の賑わいに揉まれるのも何だしと、
似たような一日を過ごした同士がたまたま出来た半日休暇を知らせ合い、
とりあえず会おうと待ち合わせ、評判の絵画展なぞ見学したらば
その出口が初売り会場の至近だったという間の悪さだったというわけで。
「はぁあ〜、戦闘力使ってないのに疲れちゃったぁ。」
片や、毛足の長いフェイクファーの縁どりも愛らしいフードつきの
でもでもシルエットはAラインという、正統派なんだかカジュアルなんだかよく判らない
ライトグレーのカシミアコートを背もたれへと引っ掛ける格好で脱いだ敦嬢。
その下は淡い桃色のモヘアセーターとアンサンブルのカーディガン、
やや濃いめのカーキグリーンのセミタイトスカートというコーデュネイトで
ちなみに足元はバックスキンのハーフブーツ。
テーブルがやや隅っこに位置取りされている関係か
向かい合うのではなくの隣になるよう座についた芥川の方は、
濃紺のフロックコートの下には大判のストールを胸元を覆うように巻いたエレガントスタイルで、
パルキーセーターにタータンチェック柄の巻きスカートがシックな佇まいを醸しており。
足元は膝までのブーツなところがシャープな印象。
一見するとお嬢さんらしい装いのようだが、
二人の肩書を慮るに、突発的な荒事に巻き込まれても支障がないようにという
動きやすさ優先ないで立ちにも見えるのは気のせいか。(笑)
敦が太宰さんから教えてもらったというそこは、乳製品の企業が展開しているカフェで。
コーヒーやカフェオレが主看板だが、パンケーキやソフトクリームも各種揃えているのがめずらしい。
試作品をお試して出してみたりする店らしく、
店内には愛らしいポップなポスターも貼ってあるがそういや表にはあんまり装飾や看板はなかった。
知名度も高い製品を揃えているのに、
デパート内の目立たない一角、路面店ではないよな場所だったり、
価格も安価で儲け度外視なところはそんなせいかも。
思わぬ修羅場、押し合いへし合いの中から何とか脱し、
遭難中の流浪の民みたいな心情のまま辿り着いたここは打って変わって穏やかな隠れ家だったため、
まずはの溜息を双方で盛大に零してから、
「何にする? 此処も暖房効いてるし冷たいのにしよっか?」
元より、そうするつもりで入ったものの、
パウチされたメニュー表には結構立派なパフェだのソフトクリームだのがででんと掲載されてあり、
白虎ちゃんはワクワクとしているが、逆に黒狗さんはややげんなりと口許が歪んでおいで。
その温度差に気が付いて“どうしたの?”という視線を投げれば、
「どれも大きすぎる。」
「え?」
そっかなぁ、途轍もないデカ盛りとかは置いてないとこだよと、
テーブルへ敷くように置き直されたメニューを見て虎の子ちゃんが小首をかしげるが、
「実は…。」
言ったものかどうしよかという逡巡を挟み、
それでも宝石みたいな無垢な双眸に見やられては、
そもそも策謀以外の言い逃れも下手な身、逃げられずに正直なところを吐露する羽目に。
「あまり多くは食べられぬ。」
「うん。日頃の食事も少ないよね。」
出先で一緒に飲食店へ入るのもザラになっている間柄。
女性用のワンプレートもの、それはおしゃれなランチでも、
レタスやベビーリーフの類はつけ合わせと解釈して残すことが多いのもよく見てきた。
都会の女性には珍しいこっちゃないと、そこはうんうんと納得の頷きをする敦ちゃんへ、
「サーティー〇ンも完食したことはないのだ。」
「…はい?」
カップにディッシャーでポンと入れられるよな小ぶりアイスでも、
一個を食べ切ったことは珍しいと言いだす芥川嬢で。
健啖家な敦ちゃんとしては、それはまた…と驚くやら感心するやら。
食事ではないし、冷たいことも相俟って、半分ちょっとを突々いたらもう駄目。
ましてやここで供されるのはアイスもソフトも結構大きい。
とはいえ、涼みたいのも山々なので、
何な飲み物にすると言いかかれば、
「大丈夫、残したらボクが食べるから。」
そうと笑って言い返し、ウェートレスのお姉さんに声をかける。
「ソフトクリームアイス、カップのスプーン付きでお願いします
無花果のシングルと、チョコとバニラのミックスで。」
「はい、かしこまりました。」
にっこり笑って去ってゆくお姉さまを見送って、
あらためて向き直った虎ちゃん曰く、
「だって、無花果フレーバーが今の時期にあるなんて珍しいじゃない。」
「う…。//////」
実はあのね、こんな風なやり取りをするまでもなく、
とっととレモンスカッシュだ何だと注文すればいいはずなのに、
何だかちょっと迷ってるようなふしが見受けられ。
どうしたのかなとメニューを見下ろせば、そんなフレーバを発見。
食が細いからこそ大好きなものは見逃さないのも先刻承知だったいもうと弟子ちゃんとしては、
対峙も共闘も、こういう街歩きも、
二つ心なく相手をしてくれる姉人に、
「いいとこ見せたくなっちゃったvv」
「…こぉいつぅ。」
微妙に恥ずかしそうに、でもそこがまた愛らしく、
睨むふりして笑ってくれたことで、嬉しくなって笑い返した敦ちゃんだったのでありました。
◇おまけ◇
はしゃぎつつ堪能したソフトクリームはさすが太宰さんの折り紙つきだっただけはあり、
無花果もフレッシュならチョコの方も濃厚で、
添えにとついてた薄いウエハースがまた繊細な甘さで、
完食しても体を冷やし過ぎることもなく丁度いい熱さましとなってくれて。
じゃあそろそろ戻ろうかと、最寄り駅までの道を行く。
道すがらに話題となったのは、
初めて食べた氷菓の話。
敦ちゃんはというと市販のアイスキャンディーで、
確か谷崎さんにおごってもらったんだっけと嬉しそうに笑って言えば、
「やつがれは太宰さんに馳走になった。」
暑い中、外での待機中だった。
小さめのソフトクリームを手渡され、
困惑しておれば早く食べないとでろでろに溶けるよとつっけんどんに言われ、焦って食べたのを覚えてる。
『ああそれな。』
後日に中也さんに話したら、同じ任務についてたのか覚えておいでで、
『あいつ、つんと澄ましてそりゃあクールに決めてやがったが、
待機していた車ん中に入ると同時、もんどりうって悶えまくっててな。』
もうもう何なにあれ、芥川くん、口が小さいから、ちょっとずつしか食べられなくて。
判ってたから小さいのを選んであげたのにそれでも大変そうなのがもうもう可愛いったら…と
じたばた暴れやがって うるさくてしょうがなかったとうんざり顔になってこぼしてた。
“ツンデレにもほどがある。”
まったくです。(笑)
「外は寒いというのにな。」
暑い思いをしたとはいえ、季節外れの贅沢品を食べて休めているなんて、
かつては想像さえできなかったのだがなとこぼした姉人に、
「…うん。それは判る。」
何だか信じられないなと、同意の声を返した敦ちゃんで。
かつていた場所をすっかり忘れちゃいないけど、それでもあの日々と地続きな今だとは到底思えない。
そんな話をしましたと、報告というのじゃあないがそれぞれの先輩様に要領よく訊かれた末に話した双方。
『……そっか。』
任務で鉢合わせると、お互いぼろぼろになるほど相手を刻み合うところは変わってないのにねぇと、
黒髪の豊満な知的美人様や赤い髪の綺羅らかな美女様から苦笑を返されたところもお揃いだったらしい、
新世代の双黒嬢たちだった。
〜 Fine 〜 22.01.06.
*クリスマスあたりからこっち、すっかりと“読み専”になってました
名探偵ものや英雄ものとのクロスオーバーとか
鬼退治する大正時代へタイムスリップ(?)したりと、
珠玉のお話が大量にあったのでvv
それはともかく。
お正月も明けたので、リハビリにと書いてみました。
無邪気でかわいい虎ちゃんと、それを甘やかす周囲を書くのは楽しいです♪

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